閉ざされた国の中で (5) 郊外での開発
16 Apr 2020
4月恒例の「ちょっといいものを買っておうちディナー」、今年は大幅に前倒し開催。こんな時に限って旦那さんは休日返上気味(今日は代休)、そしてデパートも休日営業なし。時短でも開いているお店に感謝しつつ、少しは売り上げに貢献できたかな。
なわけで先月の気晴らし会ラスト。
その場の思いつきとはいえ、ずいぶん遠くまで来てしまった。そろそろ帰るか。
ホームへ降りると、なかなか見やすい駅名標。駅ナンバーとか多言語とかに対応しているところからしても、最近作り直したものに違いない。
現行の路線としては、確かにここが終端駅。だが、線路上に物理的な終端装置らしきものは見当たらない。それもそのはず、レールはこの先へ車両1本分以上も続いている。かつて岸和田方面への延伸がそこそこ真面目に検討され、ご多分に漏れず採算面のデメリットにより未達となって今に至る、そんな計画の痕跡。実際に地図を眺めてみても、うーん。まあそうですよね。
ちょうど停車中の車両は、当駅が最寄りとなる桃山学院のラッピング車。原色がさっぱりわからなくなっているが、まあそれはそれ。撮るだけなら過去に何度か撮ってるし。
5000 系に縁のある日だったようで。ざっくり4形式に分けられる同社の車両のうち、さっき新今宮で見かけたのと同形式。
外見はいかにもバブル末期っぽい雰囲気の顔つき。一方の内装は数年前にリニュ工事済で、同グループだけあってほんのり南海風味。この座席、地味に座り心地がよい。ニュータウンのみなさんが20分30分と乗ることを前提に、クッション性を高めに設定してくれているのだろうか。
なかもずのみ通過する区間急行は、ほどなくして発車。
往路では乗客が思いの外多く(失礼)、通過したことすらない地域の車窓はどこに何があるか勝手も知れず、ただただ眺めるのみだった。なんとなく雰囲気をつかんだ上で、帰り道の車窓にしばし張り付き、泉北ニュータウンの中核をなす3駅周辺を拝見。
光明池。堺市と和泉市の境界が駅付近で入り組む。建物の新陳代謝も多少あるのか、駅前物件はやや新しそうなビジュアル(2000 年頃のようだ)。
次駅の栂・美木多(「・」も駅名に含む)を挟むあたりは戸建ての割合が多く見える。
泉ケ丘。開発の先陣を切ったエリアだけあって、自分より年上と直感できる物件が多数構えている。下層フロアに商店が入ってるあたり、ザ・公団テンプレって感じで鑑賞対象としてポイント高し。
と、70年代以降に進められた大規模プロジェクトの対象区域を抜けてもなお、堺市内には数多くの集合住宅が並んでいた。なんだかんだで政令指定都市への格上げを果たしただけのことはある。
今では写真資料か今昔館のジオラマくらいでしかお目にかかれないと思っていた、給水塔そびえ立つ団地(府営住宅らしい)なども発見。建物ウォッチャーの端くれとしても、思った以上に見所のある泉北プチ旅であった。
そんなこんなで大阪をほぼ縦断しての帰宅。これ以来、わたしは居住する市からほとんど出ずに過ごしている。旦那さんも会社と家との往復が大半。また気ままにおでかけできる日をめざして、当面はおとなしく過ごす週末が続きそうだ。
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