OtiS IV

喉の調子の治りが悪く、すぐそこの医者でお薬のおかわり。メインの症状の変化に応じて一部は差し替えてもらった。しかしトローチはいいとして、点鼻薬かぁ。鼻に水が入るのが嫌で水泳も洗顔も苦手だった幼少期を思い出してざわざわするいい大人。
さて彼岸の京都散歩、終盤にもうひとつ名所を。

すっかり観光地らしく店が並ぶようになれば、哲学の道もそろそろ終点。

あまり距離を意識せずに歩けるいいコースだった。

橋を渡って右折すると、さらに店が増える。とにかく多いおみやげ商品。そしてイートインや食べ歩きおやつ。
京都みやげというと今はすっかり和菓子派だが、中学の修学旅行でなぜか木刀を買って帰ったことだけは忘れ難い。たまたま当時住んでいた校区の中学が素晴らしくヤンキー気質だったせいなのかどうかは不明。いずれにせよ、海外渡航を経験したおかげで「変なみやげグッズが旅行者向けに置いてあるのは世界共通」と知ることができたのはよかった。

でだ。なんで店が密集しているかというと、今通ってきたのが門前町だから。登りきるとそこに主役が鎮座している。

慈照寺。世に言う銀閣寺である。よくセットで語られる金閣寺ともども、南禅寺と同じ臨済宗の相国寺派にあたる。
実はこれが初訪問だと言ったら旦那さんが大層驚いていた。ここもやはり電車の駅から遠く、現実的なアクセスがバスに限られるので、意図して来ない限りはなかなか機会がないものかもしれない。

窓口でまたまた500円お納めして、いざ入場。
なお、京都で地味に注意せねばならないのが閉門の早さ。特に寺社仏閣の類は催事を除けば夜間営業しない傾向にあり、季節にもよるが16時から17時が近づくと入場を締め切られるケースが多いように思う。我々の到着は15時半だったので無問題。

庫裏の横を抜けると庭に出る。

するといきなり来訪者を迎える謎のプリン。いや、謎の綺麗すぎる砂山。
これは向月台と呼ばれるもので、発祥も用途も定かでないが、一説にはここに登って月を待ったとかなんとか。いやいやどうやって登るんすか。用途はさておき、ちょうど傍で係の人が作業中だった。毎日とは言わないが、例えば天気が荒れた後などは丁寧に整え直しているのだろう。

そして謎のしましま砂庭。
こちらは銀沙灘という。これまた一説によると月光を反射する意図があるとかないとかって話だが、やはり真相は不明。

いずれも作られた時からずっとこの形状なのかはわからんけど、ともかく時代を超越したセンスが濃厚に漂っていることに変わりはない。砂の白さにも何らかのこだわりが感じられるし。ここだけ観ると寺というよりアートやな。

そんな不思議庭をぐるりと歩いた後、境内の東側へと歩を進める。

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