大和の街道をゆく (2) 夢語りの跡
3 May 2016
昨日までの疲れを自宅でのんびりとりつつ、写真整頓だいたい終了。撮影枚数は行った先によってまちまちなのだが、両親同伴で「みんなでレジャー」モードだった地点で控えめになるのはまあそんなもんですな。
なわけで五條散策後編。
吉野川には早くも鯉のぼりが泳いでいた。この辺は端っこで、背後にはもっとずらりと。
この川沿いには、城下町とはまた違う「古いもの」が静かに主張している。
川に向かって延び、突然ぷつりと切れた、高架らしきもの。
一部は綺麗なアーチを形成しており、近隣にお住まいの方々の「軒先」というか「天井の高いガレージ」のような感じで使われているようだ。
かつて「五新鉄道」という名で計画され、ざっくり言うと未成線のまま終わった鉄道。新宮って和歌山でも三重寄りのとこなんで、紀伊山地越えがもれなく付いてくる壮大なコース取りを強いられる。現代人の思考では、よくこんな計画立てたもんだと呆れ交じりに驚くレベルのお話。
橋脚だけぽつんと立つ対岸もまた哀愁を誘う。なお、この先で路盤を転用したバス専用道としての運用もすでに終了しているとのこと。
最後に話を新町の保存地区に戻して、気になった看板などをいくつか。
昔からの絵柄を元に復刻したものだとは思うけど、まずそもそも煙草といってこの形状を描いている時点で時代を感じずにはおれない。
江戸だ明治だって単位から観れば、現代的とすら言えるホーロー看板。でも木造建築との相性は抜群。
一般のご家庭と思われる玄関先には、安全祈願と季節の彩り。あえて余白多めにレイアウトしてあるのが和の心意気か。
一方、こちらは牛乳配達屋さん。引き戸の内側は牛乳瓶がずらり並んでて完全に現代のソレだったが、おもてはレトロっぽい缶がいいアクセントに。
和カフェの窓の内側からは落ち着いた音楽が漏れ聴こえる。
だいたいこういう町には一軒は見かける酒屋。しれっと「柿ワイン」など扱っている辺り、伝統と現代の調和はいつの時代も重要課題なのだろうと思ったり。
暗くなる前に散策を終え、一路自宅を目指した。当たり前だが、居住地を移して以降「日帰り可能範囲」での選択肢はまるで違うものになっている。しばらくはまだまだ数多くある未訪問の地で楽しめそうだ。
公開から30日以上経過した記事のコメントは締め切っております。あしからず。