別れの曲 (2) 移動に次ぐ移動

なかなか祖母に会えないように見えるのは文章が長いだけ…か?
そういや、正月は例のツアー以外全部両親と一緒に移動してたんで、九州方面で自力で交通機関選択して長距離動く(倉高ごときじゃ長距離とは言えん)ってことをしたのは実に久しぶり。97年の同窓会以来じゃなかろうか。それでもなんとかなるもんです。一度観た景色は、もっかい観たら99%思い出せるし。

ごあんない(毎回掲載しますよ)

このシリーズは、07年3月に mixi 生中継していた、祖母の葬儀に伴う北九州・八幡滞在の模様を、みくし日記の文と携帯写真を元に大幅加筆再構成したものです。

東京の朝はやたらと寒かった。微妙な小雨。
その雨に当たってから、わずか6時間かそこら。わたしはもう小倉の空の下にいた。しかも普通にすっきりとした晴れの空。

北九州空港もこれが3度目の通過ともなると、さして感慨もなく。それよりバスはどこだ。たしか小倉駅へ行くバスがあると聞いている。えーと今出そうになっているのは朽網行きだから無視として、券売機がこれか…
と、呼び止める係員の声。
「お客さんどちらまでですか」
あ、小倉駅っす。
「じゃあもう行ってください! あ、これどうぞ」
彼が差し出したのは優待券。しかもコピー。さらに有効期限が年度内。ともあれ、どうやら市内一律500円で乗っけてくれる模様。ま、これで多少なりとも得なら使うまでの話。

外に出ると、間もなく出そうな雰囲気のバスが1、2台。手前の車両が「小倉・戸畑駅」と書いたバス停に。どうやらこいつらがエアポートバスというものらしい。とっとと乗る。
半分ほど埋まった車内。半分といっても、2人掛けの席に皆1人で座っているものだから空きがさっぱりない。仕方なく一番後ろへ。座ると間もなく、バスは動き出した。
そしてなにげなく前方を観たわたしは、微妙なものを発見した。前を行くバス。行き先表示に「黒崎」の文字が…。えーと今から迂回して黒崎へ行こうとしてますけど、なにか? ま、いいや。道路の混み具合によっちゃ小倉経由の方が速いかもしれんし。

バスは東九州道から入り、おそらくは紫川 IC で高速を抜け、片野あたりでモノレールの下の道へ出た。それから三萩野と平和通に停車、そしてわたしが降りるのは勿論、小倉駅前バスセンター。と瞬時に判断がついたのは、正月にうろちょろしたのが図らずも下見になっていたからかもしれない。そして小倉駅構内をある程度把握できていたのも。
迷わず在来線改札方面へ向かい、母に電話して斎場への行き方を最終確認。やはり黒崎でタクシーを拾えばいいようだ。電話したのは、喪服に着替えるタイミングを迷っていたというのもあったのだが、まだ時間があるのでとりあえず斎場入りを優先していいようだ。
さて、電車に乗るぞ。

…あ。
九州においては至極当然の、しかし首都圏民にはもはやありえない事実に、今更気づく。
スイカ使えないよここ!

どうやら九州限定の磁気カードは存在するようだが、そんなん買っても絶対に余る。ただでさえパスネットが余り放題で払い戻しも出来ず始末が悪いのに、これ以上磁気カードを増やしてどうする。
仕方ないので券売機で普通にきっぷを買う。270円。やけに高く感じる。

一番先に出る電車は「準快速」とかいう身に覚えのない種別らしかった。大昔に快速として乗ったことのある車両だった。空席を見つけて座る。窓の外には、隣ホームの待合室。改築前は当然そんなものなかった、ガラス張りの空間。
建物は新しくなっている一方で、電車のダイヤはすかすかだった。10分待ちなど短い方で、準快速がたまたますぐ来たのがむしろ奇跡的。そういえば元々、鹿児島本線なんてそんなもんだったっけ。小倉に住んでいた頃、日々の移動は大半がバスで、JR が限りなく縁遠かったのを改めて思い出す。

準快速はほとんどの駅に停車した。飛ばされたのは、西小倉と新中原(今は九州工大前)、そしてスペースワールド駅新設で立場のなくなった枝光。それだけ。名前のイメージとは裏腹にのんびりと、電車は黒崎までわたしを運んで去って行った。
しかし戸畑駅改築は知っていたから驚きも少なかったが、八幡駅前にタワーマンションが建ちまくっていたのは衝撃的だった。思い出の八幡市民会館が見通せない。じゃなくて、誰が買うんだよそんないっぱい建てて…。

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