隠遁の里は緑ざかり (3) 閑かの門跡・1

週末のおそうじタイムにふと思い立って、シンク下の整頓。使っていない収納用品や、肝心な機能が壊れたっぽいキッチン家電などをきっぱり捨てる。そこへ買い足した収納棚を使うと、今まであふれていた備蓄食料がすっぽり。これが本来の使い方か。
さて先月の大原散歩は後半戦へ。

寂光院までの道沿いに、営業中の飲食店は片手でも余るくらいの数しかなかった。1軒に声をかけたところ、複数組が順番待ちとのこと。末尾に名を連ね、待ち時間を使って別の目的地へ足を運ぶことにした。

バス停を越えて車道の東へ渡り、一本道を進む。

さっきより明らかに、観光然とした店の数が増えた。多くは飲食店かみやげ屋。しかし開いている店は相当限られており、ここにも時節柄の影響を感じる。食事処を即決したのは正しかったようだ。

進行方向はひたすら上り坂。人とすれ違うとき以外はマスクをはずして歩かないと、まじで熱中症になりかねない陽気。

あれ、交通局には男子キャラもいたのか。知らんかった。

緩急ある坂を進み続け、バス通りから歩くこと数分。

ここまで来たらあと一歩。石段を上がり、しば漬けなどのみやげ屋を数軒通過したところに門がある。

三千院。当家訪問先としては珍しく天台宗(寂光院も同様)。ほら、比叡山も近いですし。
大原といえば真っ先にこちらを想像する人が多分たくさんいて、当家も例外ではなく。訪問候補地としては以前からちょいちょい出てはいたものの、前述の通り大原に来るだけで時間がかかるという理由で機会を逃し続け。今回「目的を大原だけに絞る」ことで、ようやく来ることができた。

ここも寂光院同様、5月末に拝観再開されたばかり。改めてマスクをきちんとつけ、拝観料からの消毒スプレーを経て屋内へ。

室内展示物は撮影 NG。ただし庭は OK。必然的に、何らかのカメラを手にした人は庭が見える部屋に集う。

客殿から眺められるのは、聚碧園という庭園。
多少タイミングを計ったとはいえ、平常時であれば、柱より後ろに座ってこの画角で無人の写真はなかなか撮れなかったであろう。近年ずっと人大杉と言われ続けてきた京都全般。昨今の観光客激減で大変な面がある一方、本来の静けさを実際に味わえる副次効果が、思わぬ形で発生していた。

あふれんばかりに緑で覆われた庭は、切り取り方ひとつで違う表情を見せる。やや高低差のある側は立体的な構成。

建物に囲まれた区画は、池を囲む水辺の趣。草花に蝶が飛び、水のほとりには蛙らしき声。

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