欧羅巴幻想曲 I ミラノ、商業の都 (16) Piazza Fontana

昨日はアメリカのアレ。今日は日本のアレ。2日続けてネタ機に恵まれた伊丹。旦那さんが昨日なんも観れなかった分と、自分は昨日がんばって疲れたので、今日の撮影は旦那さんにおまかせ。とりあえず自分でも観ることはできたのでよかった。
では話題をミラノに戻しまして、ちょこちょこ電車類に乗る話。

しばらく行くと、ひとつ内側の環状道路と並行する通りに入る。その後南下し、P.za Cinque Giornate という電停で下車。”P.za” とは Piazza の省略表記のようだ。Porta は P.ta、Centrale は C.le。なんとなく法則がわかるね。

いい具合に翻る、旗日のフラッグ。日本以外でこの光景を観るとは思わなかったなぁ。祝日に滞在していた記念にもなる。

本来なら、このまま19系統に乗っていればドゥオーモ前まで行ける。のだが、欧州あるある「一部区間工事でトラムのルートがホイホイ変更される」により、一応ドゥオーモには向かうものの大幅な迂回コースに。時間がもったいないし、そろそろ昼食も考えたいので、やむなくここで降りた次第。ATM も当地点での乗り換えを推奨していた。

乗り換えには、同一名称の異なる電停に行く必要があった。東西方向の道路に移り、別ののりばへ。

うおっとバスが来たぞ。Iveco 社もやっぱり国内企業。よーく観るとバスも旗立ててる。

しばらく待って、乗り換え相手の27系統も到着。
4900 形にしては顔がちょっと違うのは、1次車の一部がリニューアル工事を施されたため。そしてこれも旗つき。なお、Sirio 系列にはなぜか旗がなかった。もしかして立てる場所が用意されていないのか。ビジュアル重視か。

車内がリニュ前後でどう違うのかまでは不明ながら、すっきりとした着席定員多めの仕様。普段使いによさげ。

これもしばらく乗って、終点に到着。広場の名前が電停名。その広場がこちら。

漂うデジャブ。電車の行先表示を観た時点で予感はあった。P.za Fontana。Fontana とは泉のことだ。つまり、

「泉の広場」は不滅だったのかー!
梅田の噴水も、今年撤去された最終バージョンはミラノの人がデザインしたものだった。そのミラノに泉の広場。つまりミラノは大阪だったのです。てのは冗談としても、今回滞在中に「ミラノは大阪、ヴェネツィアは京都」的なことをうっすら考えていたのは事実。

と、そんな泉はさておき。

広場からすぐのところにドゥオーモ。聖堂の裏に広場があると言った方が正しいか。ふと観ると、片隅に先日自分たちが通ったのとそっくりな出入口。あぁ、そこがエレベーターの南入口か。チケット買うときにあと柱1本分東に歩いてればあったのね。正直、入口の場所くらいはもうちょっとわかりやすい標識があった方が親切かなぁ。
その周辺からガレリアにかけて歩いてみたけれど、よさそうな食事処が見当たらない。祝日だからか、目星をつけていた店は休み。いかにも観光客向けの店は「場所代で高いだけ」感あるし。収穫があったとすれば、ガレリアの片隅に不思議な地下入口を見つけたことか。

残念ながら閉鎖されているが、100 年ほど前に作られた「デイタイムホテル」という業態の施設。宿泊機能はなく、例えるとスーパー銭湯的なものであった模様。交通手段の発達とともに廃れ、近年は観光案内所などとして使われていたようだ。

ともあれ、ドゥオーモ周辺は望み薄。トイレも行きたいし、Centrale に戻ろう。

こうやって M3 ばっかり乗車回数が増えるわけだ。

次駅案内は音声もサイネージもあったので、戸惑うことはなく。
あとは駅ビルのビストロで遅い昼食にありついたのだが、その駅ビルでのトイレが大変だった。まず場所が超わかりにくい。中間階でなんとか見つけるも、1人1€取るにもかかわらず便座がない。おいおい。有料でそれかい。これ以降、どうせ Centrale に戻るなら宿で用を足すようにしたのは言うまでもない。

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