OtiS IV

国保の新しい保険証が手元に届いた。どうせ大したこと書いてないやろと斜め読みのつもりで同封文書を開くと、自腹で受けた人間ドックに補助金が出る制度が始まったとの記述が。これはありがたい。今年はもう受けたから、来年分は是非使いたいものだ。
では引き続き彼岸の京都散歩から。

せっかくなので、線路沿いに少し下ってみる。

両側にずらり桜並木。そのため当地は花見の名所としても知られているが、最盛期に来たらきっとこんな広々と開けた視界は得られなかったであろう。遺構の観察にはこのくらい空いてる方がありがたい。

木立の合間にちらり、大きなパイプのようなものが見える。高低差を利用した発電のための送水管。日本でもごく初期(営業用途では初)の水力発電だったそうで。

線路の西側、道路を挟んだ対岸に蹴上発電所がある。インクラインや市電の動力に使っていたらしい。林に埋もれたこの建物もその関連設備だろうか。

当たり前だがインクラインなので傾斜はぼちぼちある(勾配15分の1、60パーミルくらいか)。廃線跡への出入口は中腹の1ヶ所だから、全部下ると最終的に登らねばならない。ほどほどにしておこう。

開通当時そのままではないにしろ、犬釘やレールのつなぎ方などはやはり時代を感じる。

やや下ったところにも別の台車が復元。こちらは臨場感多めに、伏見の酒を積んであるのがいいね。
ただ実際舟運ルートとしてどうだったかというと、当初こそ好調だったものの大正期の鉄道開通で需要減。実質的には戦前のうちに役目を終えていた。より便利な方が生き残り、そうでないものが淘汰されるのが世の常で。

この舟のあたりで廃線跡から出て、すぐ脇の歩道に下りた。

車は府道に合流する道で交通量もなかなか多い。
残念ながら地下鉄以外の電車は走っていないが、実はこの道路も廃線跡。それを示す名残がわずかに、復元台車のすぐ足元など数ヶ所に遺されている。いかにも金属製の柱をカットしましたと言わんばかりの形状に、旦那さんが目ざとく「これ架線柱っぽい」。大当たりだった。ここに限らず、京都市電が現役だったらさぞかし観光に寄与しただろうと思うとつくづく惜しい。

そんな「2つの廃線跡」は、今はただ緑に包まれて静かに時を過ごしている。

交差点まで戻り、ねじりまんぽをもう一度くぐった。

今度は道をまっすぐ進み、別の目的地をめざす。

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