OtiS IV

週末は服以外にも、くたびれてきたタオル類の置き換えを仕入れ、使う前に洗っておいた。バスタオル半分を交換、洗面所なども一部入れ替え。て、実を言うと後者は引越で挨拶できないまま(応答しない等)積んでたやつなんだが。寝かしすぎたわ。
さてここからは9月3連休第2部(彼岸頃)の日帰りぶらぶらのお話。

この日は大ネタが思いつかず、ようやく行き先を決めたのが昼前。現地へと向かう特急の車中で軽食をとり(クロスシートなので食事には向いている)、乗り換えて少し行った駅を出ると、出口からそう遠くないところに「入口」が待っていた。

奥にある学校の生徒さんらしき男子が抜けてきたのは、いかにも年代物な煉瓦のトンネル。額に刻まれた篆書体の文字はちょっと読みにくいが「雄観奇想」とあるらしい。

構造はいわゆる「ねじりまんぽ」タイプ。実物は三岐以来かなぁ。吸い込まれるような錯覚。

というわけで。ここは京都、地下鉄の蹴上駅からすぐの著名スポットである。

かつて大規模な工事で命を落とされた方に捧げられた慰霊碑。難航ぶりが偲ばれる。そして一番右の階段を上がったところに、本日最初のみどころ登場。

ほほぅ。これが蹴上インクラインというやつですか。
明治中期に作られた鉄道。一瞬「ど真ん中にナローゲージ」に見えてしまうんだけど、そこじゃなくて。正しくは複線でとてつもなく軌間が広い。運ぶものが大きかった故のビッグスケールは、狭軌とか広軌とかいうレベルを大幅に超える。

観ての通り廃線になって久しく、だいぶ自然に還りつつある面もあるが、一旦撤去された線路はのちに復元され、当時の名残を伝えている。

当インクラインの目的は舟の運搬。どのように使われていたかを伝えるものも、同様に復元されている。

ちょっとした橋くらいはありそうな大きな台車。乗っている舟は一見小さそうにも思えるが、これは三十石船といってその名の通り米三十石相当、人間なら30人弱くらい乗れるそれなりの規模。そりゃ軌間も広くなりますわ。
この台車をワイヤーで動かしていたという。要するに一種のケーブルカーで、旅客用じゃないからインクラインと呼ばれた次第。

線路の先には水面が広がる。

これが琵琶湖疏水。水路を滋賀から京都へとつないだ明治の一大プロジェクト。さっきの慰霊碑は疏水のトンネル工事に伴うものだった。国の史跡であり、さらにインクラインもろとも、10年ほど前に近代化産業遺産指定済。当家御用達、平安神宮そばの「そすいもち」も疏水あってのネーミングである。

水路や川の高低差を乗り越える手段としては閘門も考えられるが、当地でそれを採用しなかった理由はなんとなく想像がつく。ちょっと高低差ありすぎっすね。向こう側の終端全然見えないし。

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