欧羅巴交響曲 I プラハの夏 (10) Muzeum městské hromadné dopravy : 3

若干自慢話のような気もするが、会社ランチで歳の話に。わたしと10歳も違わないと思う、と語る女子に歳を尋ねたらジャスト10歳下だった。やったね(若く見られたという意味で)。まあ当家2人とも時々あるやつです。
ではプラハ交通博物館の巻ラスト。次回もこの延長線上のお話。

相当な数の車両が並ぶ中には、もちろん事業用車も。

どこぞのデキを大きくしたようなフォルムが特徴的な 4072 号。日本でいうチキを後ろにくっつけているのだが、その後ろにあったものがまた大変な代物でして。

タイヤかい! どうやら 1920 年代に使われていた保守用具運搬車のようだが、機関車や貨車にくっつける付随車で鉄輪じゃないやつなんぞ初めて観たわ。しかもこの漂うおまけ感。当家の中では珍車両コンテスト優勝。

他にはこちらの 4053 号のように石炭運搬車などというものも。輸送物もまた年代によって変わるよね。

台数は電車ほどじゃないものの、同じ運営主体の交通機関としてバスもちらほら。

あらかわいい。いかにもオールドスタイルの、前面にエンジンがある 206 号。

それよりちょっと後の時代の 4881 号はシュコダの OEM(他社がライセンスを受けて製造)らしい。

…ん? きみちょっと博物館入りするには新しすぎませんかね。なになに、2004 年製。試作車なのか何なのか、ともかくわずか10年で引退した模様。不遇の車両って世界各地にあるもんですな。

なお電車部門にも同様のものがいらっしゃいまして、1990 年製のタトラさん・9048 号。この KT8D5 という形式で未更新のまま現存しているのはコレだけだそうで。

ところで、あれやこれや観て回っていて、最後にふとあることに気がつく。

左に扉がついてる車両があるじゃないですか。左側通行の国の民、この時に至るまで何ら違和感を覚えず。

1908 年製の 275 号、1932 年製の 2294 号。どうやらこの間のどこかで、チェコの交通網は右側通行に切り替わったようだ。ほぼ同時期のウィーンに「右側通行だよ!」みたいな掲示を出した貨車がいたのを思い出した。

と、そんなこんなで、ぎっしり詰まった博物館を存分に堪能したのであった。

この後もうひとつ、このへんでお楽しみイベントが待っている。

保線車を眺めつつ、片隅のベンチでちょいと休憩。

間の悪いことに、宿から持参してきた水を飲みきってしまった。実は朝から猛烈な暑さ。むしろ大阪より気温が高かったと後で判明するが、とにかく序盤からどんどん動いていたら一気に疲れが。日本と違ってそこらに自販機などないんで、市街地までなんとかがんばろう。イベントまであと30分弱。

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