別れの曲 (6) 空に還る

あ、そういえば1日は忙しくて嘘つきそこねた。いや別に義務じゃないから。
そんなわけで4月になったので、このネタもようやく終盤。なんとか1ヶ月経つ前にまとめたいものだ。あと1回か2回あれば充分だと思うけど。

ごあんない(毎回掲載しますよ)

このシリーズは、07年3月に mixi 生中継していた、祖母の葬儀に伴う北九州・八幡滞在の模様を、みくし日記の文と携帯写真を元に大幅加筆再構成したものです。

葬儀が終わると、わたしたちは入り口前で待っていたバスに乗る。父と叔父と T くんが、祖母と同じ黒い車に乗り込み、その車を追ってバスも動き出す。
行き先は火葬場。

窓の外、地名を示す文字が、徐々に八幡ではなく若松に近い雰囲気をかもしだしつつあった。隣り合った区だから不自然なことではないが、やけに遠くに来たような気分になった。
そして十数分、いやもっと走ったろうか、バスは公園のごとく綺麗に整備された緑の中をずんずん進み、やがて建物の前に停車した。これが西部斎場という、市内にたった2つしかない火葬場のひとつであったことは、後で調べて知った。

左端の炉の前に、台がスタンバイされて待っていた。そこへ祖母の棺が横たえられる。最後に祖父たちが名残惜しげに、直接顔を観て、そして祖母は機械の中へと入っていった。
案内されるままに待合室へと移動し、呼ばれるのを待つ。
わたしと母は、 N ちゃんや R さんと同じテーブルに座った。堅苦しい空気が解けたのが判ったのか、子供たちの表情がリラックスしたものに変わる。そして軽食メニューを観た瞬間、迷わず「パフェ…」と口走ったわたしも同類か。

ジュースやお菓子で一息ついたら、K くんと S くんは仲良く遊びはじめた。どっちかというと、体格がいい(言っちゃ何だが若干横方向に)K くんが、いくら走っても元気ありあまる S くんに引っ張り回されているというべきか。
あまり走り回っては他所の待機遺族に迷惑だというので、中央の通路より向こうへ行かないとルールを決めるも、今度は窓の向こう側、緑の綺麗な庭へ出て鬼ごっこ。かと思えば室内に戻ってきてかくれんぼ、最初は一瞬で見つかる隠れ方だった S くんが、十数分の間にぐっと上達しているのがやけに微笑ましかった。

そんな光景を眺めつつ、わたしは甘すぎたチョコパフェを持て余していた。
向こうの方に集まった他所の遺族の中に、くまより小さいと思われる赤ちゃんを抱いた人がいた。あの人、葬儀大変だったろうな。

放送でわたしたちが呼ばれたのは、思ったより早い時間だった。
別室に、炉から出てきた祖母。綺麗に燃えきって、白い脱け殻を残すのみ。金属製の長く太い箸を渡され、1人1欠片ずつ壷に納めていく。一巡したら、あとは祖父と父で。
係員が、とある欠片をピックアップして、頭部の横に置いた。仏が座っている形に見えるから、それだけを別の小さな壷に入れるのだという。それが喉仏であったことは後で知った。四十九日が終わったら、京都の東本願寺に納めるそうだ。

目の前に骨として横たわっていた人は、知ってる顔の祖母じゃなくなっていた。
そうか。
これが本当のお別れ。

そして、小さな箱の中に収まった祖母と、わたしたちは、再び同じ車で斎場へと戻る。
周辺の緑が眩しい。若葉色がそこらじゅうに溢れている。よく晴れた青空。
こんな安らかな日でよかった。

戻るとすぐまた葬儀と同じ会場に誘導され、初七日法要。また同じように読経が続いた。しかし、このときは最後だけがちょっと違っていた。終わって退場するはずのお坊さんが立ち止まり、祖父と父に語りかけた。祖母はいつも祖父のことを案じていた。よもや祖母が先立つとは。そんなことを言っていた。
そのお坊さんが、代々ずっと法要の度に世話になっているお寺の住職で、祖父母とも懇意だったことも、後で聴いて判ったこと。

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