La vista nostalgica ’03 (11) Roma: Colosseo

布マスクのために買ったミシン、付属のカバーがビニール袋っぽくてちょっとしょぼい。そこで週末、丈夫な布を仕入れ。ミシンカバーをミシンで作る(マッチポンプ感あるな)。ざっくりした図面だけで作ったけど、意外と勢いだけでできた。
なわけで大昔のイタリア旅最終回。次からちょっとずつ最近の話ができそう。

入場を締め切って撤収モードのフォロ・ロマーノを出ると、コロッセオの入場も当然締め切られていた。しかしせっかくここまで来たので、せめて外観くらいはじっくり拝んでおこう。

間近に立つと改めて、あまりにも大きな建造物。たいした画角を持たぬカメラに収まるスケールではない。

東側(上写真でいう右奥)にトラムが走っており、コロッセオ電停もあったことは、当時知るよしもなく。

「グラディエーター」で描かれたように、元をたどれば古代ローマの闘技場であった施設。

本来の用途を終えたのち、建材の一部は他の建物に流用されて減っていき、保存対象となるのは近世に入ってから。結果として、場外からでも構造の一部をうかがうことができる。

客席のキャパも相当なもので、現代日本のドーム球場に匹敵するほどの収容人数を誇ったという。

しばし偉容を眺めたあとは、かたわらに建つ凱旋門の近くでひと息。お世辞にも暖かくはない中、屋台のジェラートでのどを潤す。

最後にあと1ヶ所、気になっていたスポットへ向かう。遺跡に寄り添う丘を南へ回り込み、「ベン・ハー」に登場する戦車競技場の跡地チルコ・マッシモを抜けて、川沿いに出る手前。

サンタ・マリア・イン・コスメディン教会。本体だけ観るとこじんまりとした普段使いっぽく見えるが、エントランスホールには教会自体の知名度をはるかにしのぐ著名なモノが設置されている。

「ローマの休日」でおなじみ、真実の口。もちろん手をつっこんでみるのがお約束。しかし、終日自由行動にもかかわらず、こんなところでもツアーメンバーに出くわすのは仕様だろうか。それともローマがそこまで広くないだけか。

行き交う車列に早くも帰宅ラッシュの気配を感じつつ、だらだらと歩いてヴェネツィア広場まで戻ってきた。

それにしても一日中よく歩いた。万歩計をつける習慣が当時あれば、かなりの数値を出せたことだろう。記念堂の正面階段に腰掛けて、ちょっと休憩。

大通りをさらに歩き、途中でおみやを物色しつつ、帰りの送迎バスが出る Termini 駅方面をめざす。

ほぼ駅前と言って差し支えないところに、欧州あるある「共和国広場」。
とっぷり暮れているように見えて、17時半。食事を出すタイプの店が開くまでしばし時間をつぶし、駅前でふらり入った店で最後の夕飯。またしても別のツアーメンバーと鉢合わせる。が、とにかく量は多いわ、食後のコーヒーの存在を忘れられるわ、実にイタリアらしい締めくくりの一幕となった。

そして翌日、日本へ帰るだけの旅は淡々と無事に済んだ。バスで空港直行、ローマからミラノ経由で成田、ほぼ遅れもなく順調に。強いて挙げるなら、往路 AZ787 の機内エンタメ設定が本来と逆(イタリアからの出発便向け)になってしまっていたため、復路となる AZ786 では飛行情報以外に観るものがなかったくらいか。どうせ睡眠優先だから支障なかったのが幸い。
久しぶりに降り立った日本は、ぐっと冷え込みが厳しくなっていた。最後の夜も送迎集合時間に現れず、ひたすら買い出しツアーを続けていた杉原さん(仮)が、巨大カートを転がしながら出迎えの家族とともに去っていくのを横目に、自分も帰宅の途についた。

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