OtiS IV

ハロウィンかー。新興住宅地や団地なんかだと、祭り好きな仕切り役がいて盛り上げたりするところもあるよね。うちはご近所の地主さんちの飾り付けを眺める程度で間に合ってます。
さてトラムですが、今回はちょっと新旧比較など交えて。

既出の通り、わたしは返還の前月に一度香港へ来ている。まだデジカメもろくになかった時代のこと、当時の記録は写ルンですで少々撮ったものしか残っていない。それどころか自分の記憶すら曖昧な始末。だが、いくつかの写真を事前に検証したところ、銅鑼湾付近での撮影物があることが判明した。
せっかくなので、ほぼ同一と思われる地点で今回撮ってきたものと並べてみた。区間が区間だけに、デモの影響が随所に出る形となったのは致し方ないところ。

一番撮りたかったのが、前記事でいろいろ載せた富明街(過去分は大幅トリミング)。

行き先が跑馬地っぽい字面で線路も単線に見えるのと、背後のデッキの階段屋根形状、そこから続く歩道の形状が決め手となって場所特定。
今回は自動車多数につき、歩道の視界が確保できず電停から撮影。看板総数こそ減ったものの、トラム本体との近接度が沿線有数であることに変わりはなかった。

百徳新街と銅鑼湾総站に挟まれ、極めて駅間の短いところにある辺寧頓街。

前回訪問時は、富明街から歩いてここで西行きに乗車したようだ。幕の漢字が右から読む方式なのも注目点。
今回はそもそもここに電車が来ない状況で、まったく同じ写真は撮れず。それにしても、背景のビル3棟があまりにも変わっていなくて驚いた。

そして車中から波斯富街付近。

これも今回はやむを得ず東行きからの撮影。ただ、上を行くデッキ(これを支線側に降りると富明街)と、東西両方向から支線へと続く線形は、当時と同じ。長いようで意外と短い17年。

と、そんな回顧録はさておき。
富明街での撮影を終え、不通区間沿線へ。デモ現地を眺め、臨時総站を観察してから、東側路線の制覇をめざす。ただし、維園(今更だが、維多利亞公園の省略表記)は降車扱いのみだったので、もうひとつ隣の興発街から乗車。ここで思わぬサプライズがあった件については次回。

そういや、普段終点として使ってない維園も幕に入ってるんやねぇ。と現地では思ったが、よく考えたら維園だけでなく中環や湾仔など、事故などによる区間運転に備えたポイントは元からあるわけで、そこに対応した幕を出しているのだろう。

MTR で言う天后から炮台山に向かっていく沿線は、ところどころで両岸の高低差が激しい部分がある。島の沿岸に街があるわけで、神戸みたいなもんだと思えばなんとなく納得。

運転間隔がうまくバラけてないのは、やはり臨時運用の影響か。まとめて向かってきた3両のうち2両は「倒叮」だった。

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