素晴らしき光景の行く末は

これは現実なのか?

どうも変な気分だ。意図せず空中浮遊してる的な。この気持ち悪さをなんとか消化できないかと、手が動くに任せて文を打つ。それでも、2つの点における判断力だけは残っていたっぽい。
11/4には絶対記事を上げない。
観光客避けのため固有名詞は伏せる。カテゴリも変更。
…そこまですることないんやろけどね。無名ぶろぐでよかったと心底思ったのは2回めだ(1回めは先日の名古屋関連)。

前夜。某スレのタレコミはありがちなガセかなと思った。が、なんだか嫌な予感がするのを否定できなかった。
翌朝。寝ぼけ眼で、とりあえず朝食終わったらネットでも観るかと思った。が、わたしが嫌いな青い新聞の一面見出しを読み上げた、祖父の一言で目が覚めた。

噂は前からあったねぇ、と軽く流してはみたが、食後速攻でワイドショーに張り付いてるのを観りゃ、母には心境バレバレだったろう。わたしがファンやってる事実が親公認なのは多摩だけやし。
8、10、6、4、1。気がついたらほとんどのチャンネルをはしごしていた。大筋で報道内容は皆一緒。年表はご丁寧に24年前からスタート。バブル期の音の数々。我々にとっては今更すぎる、かつての豪遊、あの人やあの人、あの会社。カタカナだった肩書きが、あっという間に漢字3文字に変わっていった。

これは本当に現実世界の出来事なのだろうか?

18年前のまさに今頃、サウンドと戦略に圧倒されて以来。小遣いを節約しまくって CD や本を買い、めったに行けないライブで心奪われ、憧れるあまりペンネームのイニシャルを揃え、大学で学ぶテーマを決め、情報欲しさにネットの使い方を覚え。
そして偶然とはいえ某社に入り、そこで多くのものを得、同時に失った。観たくもなかった「舞台裏」が、下請け企業のヒラ社員にまで筒抜けとは思ってもみなかった。ファンとしての情熱を冷まされていったあの期間は結果的に、ワイドショー的にいうところの「凋落の契機」を垣間見ていたことになってしまった。
「彼」には存在すら知られなかったこんな末端者へも、少なくともある一時期は給料として間接的に金銭が流れていたことになる。それが、最近興味を失いかけていた「彼」の金銭にまつわる事件が心に突き刺さっている、もうひとつの理由なのだろう。

午後。高校以来の親友から電話が来た。本題は高校関係の話だったのだが、開口一番「気丈にしてる?」。当時の友人の間では、多分わたしは未だに熱烈な信者。14年前の春の方が余程落ち込んだわ、と伝えたら笑っていた。余分な火の粉が周囲に降り掛からないよう祈るとか、春のツアーを観ておいてよかったとか、そういうのを真っ先に思ったのも事実。
ただ耐え難いのは、多摩のライブ、ジャケ、アー写が画面に映り、BGM で馴染みの曲が駆け巡る瞬間。マスコミに叩き売られる青春。それが苦しい理由か。

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