90年代の関西で、ちょっと贅沢な演劇体験をしていた思い出の話。

最近あんまり新しい写真を撮れてないんで、ちょっと家の中を掘り返す。以前書いた関西初上陸記が発掘された段ボール箱、あれには中学から大学にかけての舞台関係ほぼすべてが入っておりまして。久々に開けてみたら、そっち方面に関心が薄い人にもわかるような知名度高め物件を発見。せっかくなのでおもてに出してみることにしたよ。以下すべて敬称略。

もくじ

NODA・MAP「贋作・罪と罰」


いわゆるプロデュース公演(出演者の所属劇団が複数あるような企画)という形態を世に広めた団体で、なんせ野田秀樹が主宰。全国的知名度を誇る団体の公演が東京とともに大阪で催されることは当時もよくあって、幸運にも鑑賞機会を得た。公演日と英検の受検日がかぶり、後者をぶん投げて母に叱られたのは秘密(のちに改めて受けた)。

主演大竹しのぶ。他にも筧利夫・生瀬勝久など、テレビや映画によく出るお名前が散見される。

劇団離風霊船「赤い鳥逃げた…」


JAL123 便を題材にした、おそらく同劇団トップクラスの著名な作品。何度か再演されているらしく、これは95年版(題材のアレから10年の節目に合わせて)。ここにもビッグネームが名を連ねていた。

高橋克実。我々世代で舞台に縁のない人だと「トリビア」の方が先に出てくるのでは。

惑星ピスタチオ「満月の都」「KNIFE」


大学の演劇サークルを前身とする劇団。同大学の別サークルに自分が一時期在籍していたこともあり、「ステップアップの好例」として目標にされていた面もあったと記憶している。2回観に行ったうち、前者はいつもと違う作風の実験枠だったっぽい。

ローマ字で若干読みにくいけどキャストの中に、佐々木蔵之介。民放主演やら大河出演やらですっかり著名になられて。前述の経緯から、当家で話題に出た際は勝手に「先輩」とお呼びしております。

現存しない劇場の数々


と、観ての通り95年に集中している。98年頃までは中小公演あれこれ観る機会もあったものの、大手の舞台に触れたのはあの年が一番多かった。
それにしても、各公演が行われた会場が半分以上残っていない。近鉄劇場&小劇場は再開発で上本町 YUFURA に、扇町ミュージアムスクエアは解体で研修施設に。現役なのドラマシティだけやん。学生時代(大学とは別)に常駐してた森ノ宮のプラネットステーションも閉鎖して久しいし、一抹の寂しさはやっぱりあるよね。

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