或る小倉日記2014 (4) 理想の儀式

当初予定通り、夏の西日本帰省が実施されております。両親は水曜まで小倉に居残ってたんで、延期したほうがいいか聴いてみたが、「宿と食事提供するだけだからたいしたこっちゃない」と言われたのでお言葉に甘えることに。積もる話もしたかったようだし、聞き役に回るのもまた親孝行か。
さてその小倉ですが、真面目な話をこの1回に詰め込んでみました。文章多め。

祖父は長年肺を患っており、酸素ボンベが常時手放せない生活を送っていた。死因はざっくり言うと持病の悪化。今年入った介護施設には病院が併設されており、父は先月そこの院長から「もってあと1ヶ月」と宣告されていたそうだ。
施設に入る際、祖父は両親に事細かく指示して持ち物整理を徹底的に行い、施設には最低限しか持ち込まなかった。その中に、こんなものがあった。

祖父自身のお宮参りで使った着物。祖父は享年90歳。つまり90年前の着物である。
へその緒の入った袋と命名書もあった。当初は下の名前が違っており、命名の際に今の名前に落ち着いたことも判明。
そして、新聞の随筆投稿常連だった祖父は、パソコンで作品集をこしらえていた。両親もいろいろ手伝わされたようだ。

以上3点、それに祖母の写真を入れて、納棺の儀は終了。棺に納める過程は生まれて初めて立ち会ったが、シーツの裏に取っ手がついていて安全確実に持ち上げられるのは地味に驚いた。最近の葬儀は便利だ。
済んだところで、食欲のない父は一服、母とわたしは昼食に出る。

今回の斎場は勝山公園の裏にあり、徒歩数分で大きなホールに着く。TM の EXPO ツアーで来た時は厚生年金会館といったが、ネーミングライツでも行使したのか、現在は横文字だらけの噛みそうな名前。バスの行き先表示で観る限り「ソレイユホール」と言えば通じそうだ。でもやっぱ年金会館の方がしっくり来る。
そんな年金会館の向かいにロイホがあるのは相変わらず。TM の時にも使った思い出の店で、カレーで満腹。近くのローソンで父の軽食等を仕入れて戻った。

※2017.01.09追記:
上記ロイホ、16年1月に閉店していたことが判明。部活でよく使った魚町のマクドも同日閉店。

通夜に参列したのは我々3人以外、伯父の長男一家(T くん・奥さんの R さん・息子の K くん)、長女一家(N ちゃん・娘の M ちゃん)、祖母の義妹(Y さん)といったところ。
19時半スタートの通夜が30分で終わったにもかかわらず、食事の席(東日本では「通夜振る舞い」で参列者全員が対象だが、西日本では親族のみで食べるのが通例っぽい)が22時までかかったのは、Y さんの語りが壮大に熱く長かったためである。
今回、通夜の晩の泊まり込みは行わなかった。結局のところ西日本においても、泊まるかどうかは喪主の意向次第のようだ。父も体調完璧ってわけでは決してないから、宿で身体を休める方向にしたのは正解だったと思う。

翌日は、お斎→告別式→火葬→初七日→精進上げ(「精進落とし」の呼び名が宗派か地域によって違うっぽい)と、祖母のときと同じ流れ。T くん一家と Y さんに加え、祖父の長弟・次弟・末弟夫妻の皆様に、R さんのご両親もいらした。叔父の長男や長女も健在だが、スケジュールが合わなかった模様。
なお、伯父は既に亡く、叔父は寝たきりになって久しい。人生いろいろである。

告別式は滞りなく終了し、火葬場へ移動。市内には門司と八幡(ほぼ若松)の2ヶ所しかないが、祖母と同じところにしようと父が決めた八幡へ。いくら高速使っても時間かかるよなーと思いきや、近年新設された黒崎バイパスがとてつもなく便利であっという間に到着した。

そして7年前と同じようについパフェを頼む。いや、野球部でガタイもよくて食べ盛りの K くんが「誰か頼むなら俺も頼む」って言うから、叔母として協力しようかと。もぐもぐ。

それはともかく、焼くのには随分と時間がかかった。とても全身分入りきらない小振りの骨壷いっぱいにお骨を拾い、東本願寺に納める喉仏も綺麗にまとめて出てきたら、天気予報とはまるで違う青い夏空が広がっていた。

東田高炉とスペースワールドがある界隈から高速に復帰し、斎場に戻って初七日も無事終了。精進上げは、T くん一家が所用で帰らねばならなかったおかげで、皆様次々と席を立ち、30分程度でさくっとお開き。

大袈裟にするなという祖父の強い希望で、ほぼ家族葬。父がたまたま祖父逝去当日から夏休みだったこともあり、父の会社にも知らせていない。祖母の時は会社関係の対応で多忙すぎ、当日の記憶がろくにない父。今回は存分に故人を偲ぶ時間があって本当によかった、と、全儀式終了後に父は安堵していた。祖父が生前希望していた通りの内容で葬式を上げられた、という点でも満足度高かったっぽい。
ただ「自分の意志は絶対に曲げない、その方針を死ぬまで貫き通したおじいちゃんは見事」という父の言及には、わたしも母も、それから T くんや R さんも「おかげで相当振り回されましたけどねー」と脳内のぼやきが一斉に頭上へ浮かんでいた。

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