OtiS IV

会社のパソコン、朝から一大事。調子の悪いアプリを入れ直したら他のアプリ情報がぶっ壊れたようで、普段使いしているものの大半を再インストールする羽目になった。それで午前終了。やれやれ。Windows は未だに勝手のわからん部分も多いわ。
まあそれはさておき、京都鉄博の巻を続けるとしよう。

ではそろそろまいりましょうか。本施設の目玉が集まる本館1階吹き抜け。

義経号をはじめとして弁天町から越してきた顔ぶれが並ぶ中、ひときわ目をひく場所がある。

特急と寝台車と新幹線。西日本の動脈を担ったみなさんが、一番いいところに陣取っている。

去年の訪問時は、人通りが減るタイミングを測り直し、後半にようやく正面からすっきりした状態で収めることができた。なお今年は 583 系の真ん前に記念撮影イベント用のプレートが据え付けられており、観光地の集合写真スポットさながらの賑わいにより、そういうのは早々に諦める。

さっきからすごく目立ってますが、我々にとって思い入れが飛び抜けて強い御方がいらっしゃいますね。

W1 様である。かつて沿線で数年かけて追い続けた「500 系のぞみ」の姿(16両)のままで引退を迎えた、博多方先頭車両。現役時代には博総以外で立つことのできなかったアングルで、改めて向き合う。

今はこうして文化財として余生を送っている。往年の名列車とともに、語り継がれる存在へ。

その壁際には、弁天町の展示に近年の内容を足した歴史コーナー。

自分が生まれる前の出来事は、写真や動画以外ならこうやって模型で情景を偲ぶこともできる。

そりゃ国鉄時代に年の表記をするなら昭和だよね、と、力強さ溢れる当時の HM に思いを馳せたり。

もっと昭和テイスト全開のスポットもございまして、もはや電車関係なし。テレビの形状はともかく、こういう駄菓子屋って自分の小学生時代には普通に現存していたな。

そんな売店風展示があるのは、その名もズバリ「昭和乃駅」。平成も終盤にさしかかった今の子供たちにはどう映るやら。

ちなみに、メイン展示の3両は2階からもよく見える。

昨年も今年も、あとで階上から眺めてみた。架線がないので(当たり前)よく見える。

西日本が威信をかけて開発した車両。誇りに思う気持ちは、デビューから20年経っても変わらぬようだ。ファンとしては嬉しくもあり、もう走らないことに寂しくもあり。いや、まだ8両で走ってるけど、かつて 100 系(住友色)を駅撮りしてた時に居合わせたおっちゃんが「短い 100 系はどうもつまらんねぇ」と言っていた気持ちが、徐々にわかってきた当家であった。

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