OtiS IV

今日のオフィスは実によく冷えた。こんなこともあろうかと上着を持参しており事なきを得たのだが、昼食を買いに出ると本来猛暑のはずの屋外に「あたたかい」という感想を抱くほど。暑すぎも冷えすぎもよくないね。
さてプラハですが、ここからは鉄分の初日ハイライト。

下車した電停の名についている “vozovna” とは「車庫」。わざわざ車庫まで来たということは、つまりアレですよ。アレ。

プラハの路面電車を運営している Dopravní podnik hlavního města Prahy(略して DPP。ざっくり言うと「プラハ交通公社」みたいなもんか)直営の交通博物館。冬以外の土日祝しかやってないという、ウィーンの同種施設とほぼ同じ営業形態のため、今回もまた滞在中唯一の日曜である初っ端の予定にここをつっこんだ次第。

現役の車庫と隣り合って、こちら側の2棟続きが博物館となる。入口は地味だが左端の赤い三角の下。

商魂たくましいこちらの窓口で 50 Kč 払って、いざ見学。さらに言語別ガイドももらっておいて、後日(つまりこれを書いている今)の資料とする。英語ならなんとか読めるやろ。

まずまっすぐ奥に向かっていくと、なにやら特別感あふれる1両。

200 号は、観光向けサロンカーと市の政府用車を兼ねて作られ、戦後は通学車両に転用されたもの。

現代の赤ベースとはまったく違うカラーリングを観察していると、付近にいた公社の中の人が手招き。ステップを上がって車内を覗いてもいいよ、ということらしい。

うおー、これはすごい。20世紀前半のサロンカー状態に復元されている車内。この椅子、もはや電車ではない。

ステップの蹴込み部分もやたら美しい。

デザインのこだわりは前照灯の周囲にまで及んでいた。いやいや、こんな金属細工ついた電車初めて観たわ。

側面のフォントや紋章にまでとことん気配りされた、非常に美しい逸品。

と、このような感じでプラハの市内交通の歴史がここには詰まっている。

一番古いところだと、日本でいう明治初期ぐらいの馬車 90 号。馬がやけにリアルなのは仕様です。

200 号と同じくらいの車歴を持つ 88 号。晩年は事業用車に転用されてたものを、これまた旅客仕様に復元。現在に至る紅白塗装は、これのデビューより後の時代に統一されたようだ。

ちょっと新しめ(?)のものではトロリーバス。いずれも戦後世代だが、特に戦前はトロリーが主役の一部だったくらい隆盛を誇ったとか。中央に鎮座するタトラ&シュコダのロゴも誇らしげ。

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