OtiS IV

今年の渡航もまだなのに、早くも来年の渡航先についてのブレストが不定期開催されている当家。いくらなんでもまだ予約はできんのだけど、特に欧州はほんとに季節選んだ方が幸せだと改めて痛感したんで。
さて引き続き後藤方面から、見学後に観たあれこれを。

見学会は現地解散。とりあえず富士見町まで歩いて戻る。

そこそこ線路がしっかりしているのは、電車も含めていろんな車両の回送を支えるためだろうか。キハしかいない境線に張ってある架線も、後藤でメンテを受ける電車のためのもの。
しかしですね。そんな境線、ダイヤはスカスカなんすよ。次の米子ゆき列車まで軽く30分はある。うーん。もう歩いちゃえ、ということで、なんとなく米子方向を目指して進むこととなった。

ざっくりこんな方向だろうというアバウトな進み方をした結果、途中で偶然こんなものを発見。

はて、法勝寺鉄道とな。どうやら米子から境線と反対方向に伸びていた路線のようだ。

で、コレは明治期スタンダードのこの形状としては現存最古のものであると。なんと明治20年英国製。そりゃすごい。そんなもんが商店街の公園の片隅にひっそり置いてあるのもすごい。

と、思わぬ収穫もありつつ、富士見町からの列車に追いつかれることなく米子駅前に到達。

駅前へとまっすぐ伸びる大通り。いくら水曜の真っ昼間とはいえ、交通量は控えめ。地方都市、しかも県庁所在地でない街であればまあこんなもんか。

信号待ちの合間に、いかにも国鉄然とした佇まいを残す駅舎を改めて観察。左の白い物体は「米ッ子合掌像」というらしい。米なのか。米子だからか。今調べるまで二枚貝だと思ってた。

さらには銀河鉄道と見紛うばかりのモノまで。山陰における鉄道発祥の地だから、だそうで。知らない街にはいろんな歴史が潜んでいるものだ。

ちょっと早いけど構内に入ってみる。

お、これは見事な大山で。行きも観たけど帰りの車窓に期待。

岐阜などでもよくあることだが、新幹線のない駅において特急の待遇は別格。我々が乗るやくもについても、懇切丁寧なアナログパネルがすでに掲示されていた。

おみやげ店などが並ぶ改札外を軽くぶらぶら。自分たちの出発地が「ご旅行」先として案内されているのは、どこで出会っても不思議な気分になる。

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