ちいさな駅の古今東西 (2)

まさかの前後編、甲子園口探訪の続き。小倉もそうやったけど、元最寄り駅って他人には判りづらい思い入れが発生するよな。

ここの屋台骨が古いレールでできているという話は、どこかで耳にしたことがあった。普段使いにしていた頃は意識すらしなかったが、改めて観てみよう。

おぉ、確かにレール。結構自由自在に変形効くもんやね。

よく観察すると、何かの刻印が。CARNEGIE 1896 IIIIIIIII HANKAKU、と読める。帰宅後に調べたら、これを使っている駅は他にも結構あるらしい。

全部これなのかと思いきや、西側4分の1ほどは普通の鉄骨。

とはいえ、しれっと「昭和10年」だからあなどれない。左から書いてるし、素材的にもこの銘板は後付けとしても、本体はそれだけの歴史を持ってるわけで。

この行灯もなんだか味がある。設置年は読み取れないが、そこそこの年季を感じる。

どことなく一生懸命書いた感がある注意書きも、そう新しいものではあるまい。駅全体の構造を根本的に入れ換えない限り、現役であり続けるだろう部分も、まだまだある。


今回のホームずらしで一番の恩恵は、ずらされなかった2番線以外で屋根が7両分カバーできるようになったことかも。以前は半分近くが屋根の外で、うっかりはみだす車両に乗ってしまった雨の日には難儀したものだ。しかも改札は遥か彼方やし。

大阪ゆきホーム越しの風景に違和感があるのは、コープがないから。数ヶ月かけて建て直すようなので、工事が終わったらまた印象が違ってくることだろう。

少しずつ変わる風景。半分だけ変わった駅。

ふと見上げて気がついた。架線を支えるレールが、屋根部分に取り込まれて一体化していたことに。従来からの上屋が建て替えられず残ったのは、ここをやりかえる手間を考えてのことでもあったんかな。
振り返ると、また各停がやってきた。

321は当時いなかったけど、わたしの記憶にある駅の姿はこうしてまだ残っている。大学に行くにも、バイトにも劇団にも東京にも、どこへ向かうにもすべての起点がこの駅にあった3年半。おそらく西日本で一番多く乗り降りした駅。


1時間の駅ナカ滞在を終え、いつも使っていた北改札を出た。列車一覧が液晶になったことを除けば、ここの雰囲気もかつてのまま。もうしばらくは、今の姿をとどめておいてくれそうだ。

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