みたびの春 (4) わたしはあなたのもの

前回あえてスルーした話がある。小倉のトンネル付近には、非鉄の思い出が無造作に転がっている。その話を鉄ネタに混ぜるのもなんなので、仕切り直して改めて。

1本め、新関門トンネル。
そこに一番近いバス停を探して驚いた。わたしの最も古い親友とその妹が通っていた、国立の小中学校の真ん前だった。

一度だけここで降りたことがある。表向きの引退の日。いや、至って正当な引退公演だったのだが、その後わたしを含む2名が実質出戻ったから。
ともかくその公演が終わった後、打ち上げ会場になったのが、親友と同じ学校を出た後輩宅。線の細い男子に女装もどきをさせて、その後輩と3人並んでおバカなポーズで撮った写真が、アルバムに残っている。
余談だが翌年は、その女装男子の家で打ち上げ。紛れ込む大学生が3名。最寄り駅は日田彦山線の無人駅。警備もへったくれもない簡素な待合室で語り合ったり、終電後の真夜中にちょっとだけスタンドバイミーしてみたり。ローカル単線故の、のどかなひととき。

親友の実家は今もこの辺りにあるはず。時間が合えばお茶でもして、正月のムーンライト九州含む18きっぷ旅の話を聴きたかったが、それはまた今度。

2本め、北九州トンネル。
高架の真下にバス停が2つ。あまりに変わらなくてむしろ驚いた。

降りた瞬間、ある光景が甦った。新幹線を観に行くはずが、足は戸畑方面へ。ここらを歩くのに地図など不要。身体が勝手にひとつの路程を進み、そして建物を見つけた。

喫茶店だった店は焼肉屋にとってかわられていた。が、構造自体はそのまま。バス通りに面した窓に沿ってテーブルが並んでいるのも同じ。

一番入口に近い窓際テーブル。コーヒー2つ、ケーキが1つ。
後輩の顔を観に来た卒業生ふたり。高校からちゃりを押して歩き、歩道橋脇に停めて喫茶店に入った。コーヒーおごってという要望を受け、しゃーないからおごったるか、と言いつつもわりと積極的に。
そこからちゃりと徒歩で平和通まで大回り散歩になったことは、2年前に書いた通り。

1995年5月3日。
ふたりだけで過ごした一番長い日。

いくら理屈をこねてみたところで、結局わたしは「彼のかわり」を探していただけだったようだ。そしてそんな人はどこにもいない。そう気づくのに、とてつもない歳月と遠回りを要した。
再婚しないと決めた根拠は、くまに対する仁義を貫きたいのもあるし、相手を探すには自分のスペックが圧倒的に不利なのもある。けれど最大の理由は多分、彼以上に時間をかけて共感と信頼と安らぎを築ける人には、もう出会えない気がするから。
ペンネームに名字の音を拝借した時点で、本当は判っていたのかもしれないけどね。

二度と来れないと思っていた小倉、彼のいない小倉で再び足跡を辿りながら、そんなことを考えていた。明日祖母にお礼を言おう。そう、本来の目的はまだこれから。

Like
Share

公開から30日以上経過した記事のコメントは締め切っております。あしからず。